浄蓮寺は、浄土真宗本願寺派(お西さん)のお寺です。平安中期の頃からこの地に存在し、江戸時代初期より浄土真宗本願寺派のお寺として幾世代にもわたり受け継がれてまいりました。
住職 菊地磨美子
お寺は人生の喜び悲しみを共に歩んでいくところ。
親鸞さまの御教えを大切にしながら、これからのお寺のあり方を模索、発信していきます。
坊守 ぼうもり 菊地久仁子
テレビの横に「現代のことばで味わう 歎異抄 たんにしょう」というカレンダーがあります。毎日1ページめくりながら、その言葉に叱られ、慰められ、励まされ、勇気づけられて生きています。人それぞれに支えてくれる言葉があると思います。
皆さん、気軽にお寺に立ち寄って、ちょっとおしゃべりしていきませんか?
喫茶去 きっさこ・・・お茶でも飲みにいらっしゃいませ。
前住職 菊地英司
ようこそ、ようこそ!
文献(寺伝)によりますと、平安中期に天台寺院として創建され、この地に代を重ねておりました。江戸時代初め(慶長~元和)当時住職だった祐善(ゆうぜん)法師は、戦国時代の混乱の中にあった浄土真宗本願寺派第十二代宗主・准如(じゅんにょ)上人に従い、浄土真宗に帰依されました。寛永18年(1641年)5月に第十三代宗主・良如(りょうにょ)上人より寺号を賜り、白水山浄蓮寺の初代住職として釋祐善が就任しました。
正徳6年(1716年)第六代釋空山(くうざん)のときには旧本堂が建立されました。その後、明治12年(1879年)に第十二代深廣院釋無涯が164年ぶりに本堂の再建を行っています。
現在の大井手町は、かつては和泉邑(いずみむら)と呼ばれておりました。山号の「白水山(はくすいさん)」は、「泉」の文字を上下に「白」と「水」に分けて付けられたことが由来となっています。
【菊池無涯傳】
第18代釋誓磨(しゃく・せいま)住職(菊地磨美子)